【都市と文化】過去ネタ:「京都」の雑記 050906

2004年当時の写真あるかなぁと思ったら、多分当時住んでいた近所の神社の御神体を撮影したと思われる写真が見つかるという。宇賀神ですね。これ。

これは、2004年01月の日記。
凄くふるいネタなんだけど、結構興味深い事が書いてあるので残す事に。
世界遺産ネタで、下鴨神社東寺や西寺にふれています。
ああ、神社ネタも書きたくなって来たなぁ。
先日行った、お伊勢さんが書きやすいかな?

京都といえば祇園祭なのですが、この祇園祭の始まりも疫病よけだったりと、伝統と文化には深い歴史が伴っていたり。毎日が学びです。

『はい、帰って来ました。ただ今、自宅です。
実家でのダラダラ生活も、今日で終わり。
ああ、また会社かと思うと気が重いね。
新幹線から降りた時よりも、家に帰り着いた時の方が実感が。
明日、休みにしといて良かったわ。と言いつつも、明日は免許の更新に行ったり色々やる事はあるが。

今日の『世界遺産』は京都!!
えへ、楽しみ。
やっぱり、京都は良いやねぇ。
桓武天皇による平安遷都より、もう既に1200年を越えてますが
今なお日本人ばかりか世界の人々を魅了して止まない都。
なかなかこういう所も少ないさね。
しかし、下鴨神社が京都最古の神社とは知らなかったよ。
びっくり。
最初は、東寺西寺しか許されなかった事も今日知った。
いやいや、勉強になります。

この頃、事あるごとに京都に足を運んでいたように記憶しています。もともと、仕事での大阪出張が多く、早終わりの時は大阪では遊ばず必ず京都に足を運んでいました。

東寺の講堂には、個人的にGOAがピッタリだと思いますw。
立体曼陀羅っつーと、まさにそのままパーティー空間のようなのです。
俗っぽいお寺と思わず、一度足を運んでみて下さいな。
あれは、その中に行って初めて分る威圧感と存在感です。
宗教って、凄いね。おわ!!
清水寺の創建者って、坂上田村麻呂だったの??
こりゃ、恐ろしく勉強になります。恐るべし、世界遺産。
2月にまた京都に行こうと思ってるので、ちょっと勉強になりました。

京都は、桜も綺麗です。東寺の五重塔を背景に撮影した一枚。最近、本当に足を運んでない。2006年4月撮影。

【追記】流石に、もう15年前の文章なんだけど軽いなーと。でも、この情報改めて見直してみてまた勉強になりました。今も昔も、好奇心のみでいきている感じですよね。しかし、思い起こせば年に何回も京都に行っていたなぁと思い出します。実際、写真も掘り起こすとたくさん出てくるし。大阪出張、本当に多かったんですよね、当時勤めていた会社でお願いしている印刷会社が大阪にあったことが大きかったと思います。あとは、子供がいなかったのもあるかな。今も深夜に帰っていることには変わりませんが、当時は忙しさの質が違ったと記憶しています。

ちなみに、東寺は教王護国寺とも呼ばれます。開祖は空海で、平安遷都と同時に建立された由緒あるお寺さん。そして、真言密教の総本山です。実際のところ、平安京時代の遺構としてはこの東寺以外には残っていないことは意外に知られていないと思います。源平合戦のあおりで京は荒れ、羅城門は倒壊し東寺西寺も没落。合戦後、鎌倉時代の安定期に入り皇室の後押しもあり徐々に復興。まさにこの時代に、今も残る立体曼荼羅を運慶を核とした慶派が請け負ったことが僥倖であったと僕は感じています。ある意味、呼ばれあった必然ではあるんでしょうけど。運命的視点でいうと、この東寺の復興期に西寺は五重塔が焼失し復興の目が断たれたことにも流れを感じてしまいます。幾多の戦乱を経て、何度も危機に見舞われた東寺ですが、今も往時の記憶を残す場所として開かれています。ただ、本当に今のように開かれた場所になったのは1965年だったりで最近なんですよねー。(2019/04/06 Noise)

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